今の若者は尾崎豊に全く共感しないらしい 「独りよがりで意味不明」「何に怒っているかわからない」
上記のまとめサイトの記事を読んで、なんかガックリきた。
反社会的ワードへの脊髄反射
ものすご~く単純化してざっくりまとめると、要するに「バイク盗んだ」とか「窓ガラス壊した」とか、そういう反社会的でDQNなワードが気に入らないらしい。
そんなのどうして共感できるのだ、と言いたいらしい。
「バイク盗まれた人の気持ちを考えろ」などという小学生みたいな批判も少なくない。
しかしそれは浅い。
浅すぎる見方である。
どちらかと言えば優等生だった尾崎
尾崎本人がそういう犯罪や悪行をしていたわけではない。
(むしろ実際は生徒会長までやるような優等生だったみたいだ)
ましてや悪行をリスナーに推奨している歌詞でもない。犯罪を美化したり称賛したりもしていない。
犯罪や反社的な行為をやってない人だからこそ生み出せる歌詞でしょう。
むしろ逆に、そういうことを実際にやってる(やってた)ヤツらは、「友情」だの「仲間」だの「家族」だの「感謝」だの「絆」だのといった聞こえのいい美辞麗句を(※略
そして尾崎ファン(の多く)は、歌詞に出てくる悪事そのものに共感しているわけでもない。ハッキリ言ってしまえば、バイク盗んだりガラス壊したりする不良(今で言うDQN)層は、尾崎ファンではない。尾崎を聴いてるDQNなんて昔も今もほとんどいない。そのようなDQN層が好きな音楽ってのは、たとえば(※自粛)。
「当時ヤンキーにいじめられていたから、尾崎の歌にも共感できなかった」と言っている人は一定数いるが、これも的外れすぎる。「尾崎=ヤンキー側」だという間違った思い込みが前提としてあるので、結論も間違ったものになる。繰り返すが、尾崎自身はヤンキーじゃないし、尾崎ファンもヤンキーではない。どちらかと言えば、尾崎ファンの多くは現代風に表現すれば「陰キャ」の部類だろう。
メタファさえ歌えない俺がいる
それら「バイク盗む」だの「ガラス壊す」だのといった表現は、大人(≒体制・社会)への反発や怒りをこめたメタファに過ぎない。あるいは少年・青年期ならではの自由と束縛との間で揺れる葛藤を描いたものであろう。いわゆる「昔のワルかった俺自慢」とか「犯罪自慢」などとは根本的に違うものである。
おそらくバイク盗んだだのガラス壊しただのはフィクションか、あるいはもっと些細な出来事を大きく盛ったものであろう。抽象的な意味を現出させるために必要な、その時代にもっともウケるであろう具体例をメタファとして使っているだけだからね。
現代の若者はなぜそれに気づかないのだろう?
いや、現代に限らないか。
上述したまとめサイトを読むと、「昔から尾崎に共感してるヤツなんて、一部の信者だけ」という声も多かった。
つまり昔の若者も、メタファに気づいていない人のほうが多かったのかもしれない。
木を見て森を見ず
こんな反社会的な歌詞はけしからん!と騒いでいる人たちは「盗んだ」という部分だけ取り出してことさら強調している。しかし「盗んだバイクで走りだす」という文全体にフォーカスを当てて、意味を考えてみて欲しい。木を見て森を見ず、ではダメだ。
もっと言えばさらにその前後を含めた歌詞全体をよく読んでほしい。決して犯罪自慢ではないし、犯罪を助長したり教唆したり称賛したりするものでもない。いちいちこんな説明をしなければならないのがなんとも情けなくなってくるところだが・・・。
人々の理解力は千差万別
要するに、今も昔も同じ構造。
これはリテラシーや教養の差、想像力がある人とない人の差、だと僕は思う。
むろん、尾崎の歌詞のメタファを理解したうえで、それでもやはり全く共感できないという人はいるだろう。それは当然のことだ。
でもさきほどのまとめサイトの多くの声を見る限り、表面上の歌詞を額面通りに受け取って批判しているだけ、というのが多数のようだ。比喩だの暗喩だの「ナニそれ美味しいの?」という程度の人たちが「バイク盗む歌詞なんてけしからん!」と短絡的に怒っているのである。
メタファという概念すら、いくら説明しても理解できない人も当然世の中にはたくさんいることだろう。頭脳レベルには個々の差があるので、仕方が無いことだ。
尾崎が何に怒っているか分からない君はかなりヤバイ
「教師への反抗」とか「支配からの卒業」とか、そういう概念について「古い」と批判したり嘲笑したりする輩も一部いる。「何に怒っているか分からない」というのも同類だ。しかしそれらは時代背景という文脈を無視しているか、または理解不足である。
平安時代などの古典を読んで「いったい何を嘆いているのか理解不能」と言っているようなものである。それは平安時代の人々が悪いのではなくて、理解できない(しようともしない)キミの教養度や想像力に問題があるのだ。
時代背景の違いやメタファの存在などに気づくことが出来ない人からすれば、そりゃあ平安古典も尾崎の歌も、どちらも意味不明に思えることだろう。
しかしリテラシーのある人、教養のある人ならば、古今東西の若者たちが悩んできた「普遍的な何か」を尾崎の歌詞から抽出できるはずだ。尾崎の歌詞の内容は斬新でも特殊でも奇抜でもなんでもない。何千年も前から人間が繰り返してきた苦悩(あるあるネタと言っても良い)を、時代に合わせたレトリックを用いて詞にして、1980年代のサウンドで歌にしただけだ。
子供に悪影響が!(キィーッ!!!!
「子供がこの歌を聞いて真似したらどうするんだ!?」
「子供に悪影響があったらどうするんだ!?」
このような苦情を言う人も多いらしい。
本当にめまいで倒れそうだが、実際いるらしい。
個人的には「そんな簡単に影響を受けて犯罪行為にまで走っちゃうような頭の悪いお子さんがいるなんて大変ですね」としか思わない。そういう子はたぶん尾崎を聴かなくても別の何かに触発されて問題を起こすだろう。
ちなみに僕は小中学生の頃から尾崎の歌を聴きまくってきたが、犯罪を起こしたことは一度もない。バイクを盗みたいと思ったこともないし、ガラスを割りたいと思ったこともない。
そういえば昔、たしか志村けんか加藤茶のどちらかが、テレビだか雑誌だかのインタビューか何かで、こんな意味のことを言っていた記憶がある(文言はあやふやですが意味は大体下記の通り)。
「ドリフを見てたら不良になる! とんでもない番組だ! って苦情が凄かったけど、いまだにドリフのせいで不良になったとか犯罪を起こしたとかいう人を聞いたことがない」
理不尽クレーマーの増加と重なって見える
「友達をリスペクト」だの、そういう薄っぺらい歌詞(※1)ばっかり聴いてる脳だと、簡単なメタファすらも読み取れなくなってしまうのかもしれない。
これは非常に恐ろしいことだ。
なぜなら、行間に隠された意味が理解できないということは、裏を返せば、何かを伝えるためにはいちいちこと細かに全てを書かなければ真意が伝わらない、ということでもある。
つまりそれは漱石の「月が綺麗ですね」がマジで伝わらない世界だ。
これでは情緒もへったくれも無い。
そんなギスギスと硬直化したつまらない世界はイヤだな。
そしてモンスターは生まれる
そろそろ日本でも、
「電子レンジで猫を温めてはいけない・・・とは説明書に書いていなかった。
死んだウチの猫ちゃんを返せ!」
と本気で家電メーカーを訴える異次元クレーマーが出てくるような気がする。
言葉狩りで犯罪が減ってくれるのなら警察は要らない。
<注釈>
※1・・・言うまでもないが、「薄っぺらい=悪」ということではない。駄菓子を食べたいときもあれば、高級ショコラを食べたいときだってある。でも(好んで)駄菓子ばかり食べている人に、一粒1000円の高級ショコラの良さを力説するのは難しい。
【参考】「国語が苦手だといじめっ子になりやすい」尾木ママ、持論を展開
コメント
①盗んだバイクで走り去る、というのはかなり具体性のある表現ですし、そのままの意味で受け取っても不思議ではありません。
事実、多くの人がそう解釈しています。
字面通りに解釈して国語力が欠けている可能性があると指摘されるのは理不尽です。
(もっとも、「それだから尾崎豊には共感できない」という具合に、部分を見て全体を論じるのも危険だとは思いますが…)
②確かにバイクを盗むという行為自体が反社会的ですから、「これは社会への反発を示すメタファーだ」と解釈する余地は残されています。
(僕にはかなり都合のいい解釈に見えますが、そういう解釈があってもいいと思います…)
①、②で言いたいことは、あなたの解釈と現代の若者(の多く)の解釈が異なっているということと、どちらにもそう解釈するに足りる根拠(らしきもの)があるということです。
しかしあなたは現代の若者の解釈を一方的に批判しています。
それも礼節を欠いたやり方で…。
自分と異なる他者を認めようとしない態度を教養と呼ぶならば、あなたには教養があるでしょう。
少なくとも私にはそのような教養がありません。
>現代の若者(のひとり)さん
あなたの主張を要約すると、
「尾崎の歌詞はメタファなどではなくて事実だ」
という解釈ですね。
たしかに歌詞の真偽なんて分からないし、ましてや作詞者はすでに故人。真相は謎です。
解釈は人それぞれですから、あなたの主張・解釈を裏付ける理屈をつけて、ご自分のブログにでも掲載されてみてはいかがでしょうか?
ただ一つ指摘するなら、「具体性のある表現なんだからそのままの意味で受け取れ」という主張は意味が分かりませんし、説得力がありませんね。
歌詞に具体性があればなんでもそのまま(現実にあったこと)なんですか???
その辺こそがまさに僕が指摘した「国語力に欠ける」思考であり、「行間を読めていない」のだと思いますけどね。まあ、そうであるからこそ、あなたのような主張も生まれてくるのでしょう。
それともう一つ。
僕の主張の根拠の一つには、事実に基づいたものがあります。
たとえば尾崎の奥さんがテレビで語っていた「リアルな尾崎像」。こういう背景を知っている人ならば、なおさら歌詞の裏側も見えてくることでしょう。
ま、とりあえず頑張ってください(^^)
ブログ作ったらぜひURL教えてね。
僕の論点はこの歌詞がメタファーなのか事実(あくまでも登場人物の行為であり、作詞者の行為とは限らない)なのかということではありません。
どちらの解釈も可能なのに他者の解釈を認めようとせず、しまいには「国語力が欠けている」と相手を蔑むあなたの態度はいかがなものか、と主張しているのです。
僕の解釈は、歌詞をそのまま受け取っただけのものです。
しかし、このような解釈になったのは行間を読む力がなかったからだとは思いません。
あなたのような解釈がしっくりこなかったからだと思います。
どう言い訳をしても、バイクを盗んだり窓ガラスを割ったりするのはしてはならないことです。
それを社会に対する反発や怒りをこめたメタファーであるといって半ば正当化しようとするのは利己的で、共感できません。
それは甘えだと思うのです。
あなたの言う「国語力」でもう一度問題の箇所を読み直してみて下さい。
具体性のある表現なんだからそのままの意味で受け取れ、とは言っていませんよ。
具体性のある表現なんだからそのままの意味で受け取られる可能性が高い、と言っているのです。
その過程を簡単に説明します。
まず、具体的になればなるほど解釈の幅は狭まっていきます。
するとしだいに、自由な解釈がしにくくなります。
だからそのままの意味で受け取られる「可能性が高く」なるのです。
因みに、具体性があればなんでもそのまま(現実にあったこと)とは言っていません。
そこもあなたの「国語力」でもう一度吟味してみてください。
最後に、あなたが根拠として持ち出した奥さんの話は根拠としては弱いものです。
発信者が中立的な立場ではないうえに、テレビではドラマ性を強調するために脚色することがあるからです。
ブログの件ですが、僕はもっと他のことに時間を使いたいので遠慮しておきます。
すみません。
> ブログの件ですが、僕はもっと他のことに時間を使いたいので遠慮しておきます
そのわりにはずいぶん長文の力作コメントありがとう!! 時間かかったでしょう? ^^
あなたが一生懸命に書いた「ぼくのかんがえたしゅちょう」、今後も新作を期待していますよ!
がんばってね~ (^^)/
あなたにはぜひとも論破していただきたかった。
残念です。
「残念です」って、キミは何様のつもりなのかねぇ?
なぜ上から目線なのかわからないね。
あのねぇ、キミの相手をしてあげたら、僕に何か得があるのかな?
キミが書いた文章は反論する価値すら感じないレベルなので、相手する意味がないのよ。論破する価値のあるものを書いてから「残念です」とか言ってみるといいと思うよ。
厳しい本音を言うとね、明後日の方向から噛み付いてくる見知らぬアホの謎理論にいちいちかまってられないわけだ。
で、前のコメントにも書いたように、自分のメディア(ブログでもTwitterでもなんでもいいから)を使って持論を展開しなよ。誰にも邪魔されず、自由に好きなだけ書けるぞ。どんな謎理論でも駄文でも悦に入れるぞ。
僕のブログを毎日覗きに来て、何度もしこしこと粘着コメントし続ける時間と気力があるのなら、Twitterでつぶやくくらい簡単でしょ?
ここまで優しく懇切丁寧に返答してあげても自分の立場を客観視できてないのなら、以後キミのコメントは一切無視するからよろしくね~ (^^)/ もしブログ等を作ってURL教えてくれたら相手してあげるよ。
尾崎の歌が嫌いとかいうことはないですが、
大人・体制・社会への反抗を正当化するなら、
反大人・反体制・反社会への反抗も認めてあげてくださいね。
自分側の価値観への反抗は許さない、という言行不一致は、
一部の友達以外の同意を得られないと思います。
>現代の若者(のふたり)
えーーと、あなたの主張が意味不明すぎて無視しようかとも思いましたが、同様のレベルの人があなたでもう二人目です。
今後もっとそういうレベルの人が発生すると面倒くさいので、新たに記事を書いて答えておきました。
↓ ↓ ↓
http://blog.fxmessi.com/2013/11/02/2867/
頼むから、ちゃんと記事を読んで意味を理解してからコメントしてね。
[…] このコメントへの公開返信という形で書いていきます。http://blog.fxmessi.com/2011/10/24/1412/#comment-483 […]
はじめましてFXメッシさん。
たまたま尾崎豊のことを調べてたら辿り着いた者です。
私もイマイチ尾崎氏の歌詞にそこまで共感できない一人です。
なので『15の夜』をFXメッシさんなりの解説をして貰えませんでしょうか?
ちなみに私はこう解釈します。↓
*****
15歳の俺は大人の言いなり。でも俺はもう大人だ。
そんな俺を誰も認めてくれない。
この怒りをどこにぶつければいいんだ?
そんな場所、俺にはない。
だからバイクを盗んで現実から逃げるしかないんだ。
だから学校のガラスを壊して、先生達に気付いてもらいたいんだ。
未成年だけどタバコを吸って大人になってやる。
子ども扱いすんじゃねー!
けどやってることは間違ってるのはわかってるんだ。
でもそうやってることが他の15歳とは違うだろ?
大人っぽいだろ?
気付いて欲しいんだ。俺の存在を。
子どもじゃない、大人な俺を。
子ども扱いすんじゃねー!
でもやっぱり誰も俺を理解してくれないんだよね。
って、そんな妄想に耽る15歳の夜。テヘペロ
そんな俺は反抗期。
*****
こーゆことですかね?
解釈は人それぞれですから、あなたがそう解釈したのならそれが正解です。
仮にそれが尾崎の意図と違っていたとしても、あなたがどう受け取ったかが大事ですからね。
というわけで、私の解説など書いても無意味ですので書きません。
FXメッシさん
ご返事ありがとうございます。
>解釈は人それぞれですから、あなたがそう解釈したのならそれが正解です。
ふ〜ん…では、
>「友達をリスペクト」だの「会いたいから震える」だの、そういう薄っぺらい歌詞ばっかり聴いてる脳だと、簡単なメタファすらも読み取れなくなってしまうのかもしれない。これは非常に恐ろしいことだ。なぜなら、行間に隠された意味が理解できないということは、裏を返せば、何かを伝えるためにはいちいちこと細かに全てを書かなければ真意が伝わらない、ということでもある。これでは情緒もへったくれも無い。マニュアル人間的というかアホというか。「みなまで言わなきゃ分からんのか、お前は?」って言いたくなる。
などと酷い言葉遣いで誹謗中傷する必要はありませんね。
もう少し大人な言葉使いを覚えましょうね。
>酷い言葉遣いで誹謗中傷
私は特定の人物に向けて書いてはいませんので誹謗中傷ではありません。
一方あなたは私に対してコメントをお書きになりました。
こういうケース、博報堂さんの基準では誹謗中傷には当たらないのでしょうか?
寛大な会社ですね(^^)
多くの人が見る事ができるインターネットの世界では、
特定の人物でなくても誹謗中傷と取られる場合があると思います。
その点を指摘したつもりなのですが。
斬新かつ謎の俺々解釈ありがとうございます。
ちょっと何言ってるか分かりません。
「特定の人物でなくても誹謗中傷」って、いったい誰が被害者なのかわかりませんが、その辺も博報堂さんに質問してみようと思います!
何となく、ここに来てしまいました。
ひとつ訂正させてください。
『盗んだバイクで走り出す』です。
尾崎は当時、皆で家出を計画しましたが、結局、実行しませんでした。
バイクも盗んでいません。
窓ガラスも割っていません。
この歌詞に共感した人は逆に硬派なヤンキーが多かった気が。
『皆で悪いこと(人に迷惑かけること)しよう』より、『悪いことをしようと(してる)友達を止めよう』って感じかな?
自分達なりにルールがありましたから。
親よりも、友達や姉に教えてもらったこと沢山ありました。
尾崎の歌は自分達の気持ちに共感してくれて歯止めをかけてくれたと思いますね。
どんなことをしたら、人を傷つけてしまうか…嫌がるか。
いつの時代も若い人の悩みは変わらないと思います。
ただ、どう行動するかが変わってきてる気がしますね。
長々と失礼致しましたm(__)m