151円台の円安は行き過ぎか、それともまだまだか

お久しぶりです。およそ1年半ぶりの記事投稿となります。

世間ではさらに円安が進んでいます。前回の記事でも書きましたが、自分個人の勝手な主観による「これは円安すぎるだろう」とか「円高すぎるだろう」という判断をやってはいけない、ということが、この1~2年のドル円の動きでよく分かったかと思います。

「1ドル=151円どころか200円まで行く」かもしれないし、「1ドル=100円を切っていた時代に戻る」かもしれないし、将来どうなるかは全く分からないのです。自分の主観で「これは円安」とか「これは円高」などと考えてはいけません。為替は単なる交換レートのことなので、常に相対的であり絶対的ではありません。なので、そもそも「これは円安・円高」という言葉は原理的に成立しないのです。何か(時間軸とか他国通貨とか)と比べて相対的に円安・円高、というだけなのです。

今回の円安の説明としては主に日米の金利差を軸に説明されていることが多いですね。しかし為替レートを決める変数は膨大にあり、金利差だけで解明できるものではありません。なんなら人間の心理まで変数になっているわけで、これはもう科学的に予想も計量もできないものなのです。

今、一番危ないのは「150円はさすがに円安すぎるので、この後は絶対に円高になるはず」という勝手な思い込みです。予測・予想は原理的に不可能です。為替に限らず、この世の社会活動の全ては予測できません。神のみぞ知ることを予測しようとするとかならず火傷します。予測ではなく、戦略に基づいた戦術(エントリー基準や損切り・利確ポイントのルール化)が重要です。ある意味、人間的に一切考えずに完全に機械的にやることが理想でしょう。

米国はかなり高金利となってエネルギーが溜まっている。日本は日本で強引なYCCによる低金利押さえつけで、マグマが溜まっている。どちらもいつバーンと弾けてもおかしくないわけで、ハードランディングになった時に大けがしないようなポジション取りが求められます。

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